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札幌地方裁判所 昭和51年(行ウ)7号 判決

原告 工藤賢次

被告 北海道浦河高等学校長 高澤博

右訴訟代理人弁護士 山根喬

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が昭和五一年四月三日頃原告に対して為した、昭和五一年度の原告の受持授業時間数を一週間当り五時間とする旨の決定は、これを取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

(本案前の答弁)

1 原告の訴を却下する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(本案に対する答弁)

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  原告は、北海道浦河高等学校(以下浦河高校という。)に、数学科の担当教員として勤務する者である。

(二)  被告は、昭和五一年四月三日頃、昭和五一年度の原告の受持授業時間数を一週間当り五時間とする旨の決定をし(以下本件処分という。)、その頃、原告に対しその旨通告した。

(三)  しかしながら、本件処分は次の理由により違法である。

1 権限外の行為

高校における各教員の受持授業時間数は、各教科担当教員全員による協議によって決定されるものであり、従前の浦河高校における受持時間数は、すべて、各教科担当教員全員による協議によって決定されてきたものである。

しかるに、本件処分は、被告が学校教育法第五一条、第二八条第三項、北海道立学校管理規則第七条第二項所定の校長の権限を逸脱して一方的に為されたものであって、違法である。

2 差別的取扱

原告の受持授業時間数は、昭和四九年度は一週間当り一八時間、昭和五〇年度は同一四時間であり、同校における数学科担当教員の一週間当りの受持授業時間数も、概ね右時間数程度であった。

しかるに、被告は、同校学級担任教員が担任学級における原告の授業拒否を申出たこと、及び父兄が原告の授業の苦情を申出たこと、(いずれも生徒から得た原告の授業に関する誇張・欺瞞を伴った情報をもとに原告の授業の在り方を一方的に批判した違法なものである。)を契機に、原告のいわれなき無能ぶりを宣伝し、他の教員及び生徒父兄に原告に対する不信感を醸成することを目的として、何ら合理的理由もなしに原告の受持授業時間数を通常の場合と比べて著しく少ない一週間当り五時間とする処分をなし、原告を不当に差別したが、このような差別的取扱いは、原告の教員としての人格を無視し、他の教員及び生徒、父兄の原告に対する信頼を損ない、かつ、原告の勤務評定に関しても著しい悪影響を及ぼすものであり、本件処分は原告にとって耐え難い、違法な不利益処分である。

(四)  よって、原告は、被告に対し本件処分の取消を求める。

二  被告の答弁

(本案前の答弁)

本件処分は、特別権力関係における純然たる内部的事項についての被告の自由裁量権の範囲内の問題であって司法審査の対象とはならない。

よって本訴は不適法な訴であるから、却下されるべきである。

(本案について―請求原因に対する被告の答弁)

請求原因(一)、(二)の事実は認めるが、同(三)の事実は争う。

三  被告の抗弁

(一)  原告の授業のやり方は、従前から、生徒、父兄、同僚からの苦情が絶えないほど粗末で問題のあるやり方であったが、今これを、主として本件処分の前年度である昭和五〇年度についてみると、次の1ないし13のとおりである。

1 昭和五〇年三月頃、二年担任から被告に対し、原告の授業に関して次のような報告がなされた。イ、授業が一方的で板書や説明が生徒の理解を無視して進められている。ロ、生徒の質問に対しても親切に対応しない。ハ、このため、生徒は勉学に対する意欲を失い、授業中に私語する者が多く、中には立ち歩く者、トランプをする者、マンガの本を読む者がいても、何らの措置もとらず、常に騒然とした中で授業が行われている。ニ、父兄からも右のような原告の授業について苦情が出され、数学担当を原告以外の教員にしてほしいとの要望が強く出されている。

2 昭和五〇年三月三一日、被告は、右イ、ロ、ハの点について原告に注意を与えたところ、原告は、被告の注意は自分に対する中傷・反感であるとして全く反省の色を示さなかった。

3 昭和五〇年四月一五日、数学科の打合せにおいて、公開授業をしたり研修会を開くことについて話し合った際、原告は、「このようなことは、なれ合いでうまくない。他のクラスが理解しようとしまいと自分には関係がない。だから俺も他から干渉されたくない。」といって反対した。

4 昭和五〇年四月二五日、一年D組の学級日誌やクラス雑記帳に数学に対する不満が多く見られたが、当日の授業中、生徒が希望の形で原告に対し、わかる授業をしてほしいと要求したところ、原告は、「先生は、みんなが理解していようがいまいが関係はない。」とか、「わからないと感じている生徒の一方でわかる者もいる。だからテストで判断する。」と発言した。

5 昭和五〇年六月一二日、生徒二人がクラス担任の許へ涙を流さんばかりに、数学の状況を訴えに来た。そのため翌日、教頭、数学教諭、担任の三名で原告の授業を参観したが、その日の授業については、生徒も概ね満足した。しかし、その後はまた元に戻り、改善されなかった。

6 昭和五〇年八月一八日、第二学期始めの職員会議において、機械科長が、「分数の計算ができない生徒もいるので、数学の授業についてその点を考えて実施してほしい。」旨要請したところ、原告は、「成績に赤点もつかず問題はない。分数ができなくても二次方程式を解くのに関係はない。」と発言し、職員一同驚く場面があった。

7 昭和五〇年一〇月、機械科一年の原告の授業について、依然として授業が乱れているとのクラス担任の苦情が出た。教頭が原告に注意したところ、原告は、自分の授業には問題がないといって、忠告に耳をかそうとはしなかった。

8 昭和五〇年一一月、機械科一年の担任と機械科長より教頭を通じて被告に対し、数学の担任を替えてほしい。場合によっては自分達が担当してもよい旨の申出があった。

9 昭和五一年一月二六日、教頭は、原告が授業中の機械科一年の数学の授業が乱れているのを目撃したので、被告の指示を受けてその教室に立ち入り、弁当を食べている生徒に注意してこれを止めさせたりしたうえ、その二日後、授業のことで原告方へ赴いて直接話をしようとしたところ、原告は、「自分の授業には問題がない。自分の授業には干渉してほしくない。」といって話を聞こうとしなかった。

10 昭和五一年二月一六日、機械科一年・電気科一年のクラス担任と教科担任の懇談会を開いた。この会では、一般的な話の中で相互に授業方法についての研修を深め、特に、原告自身にも反省の機会となるようにとの目的もあったが、原告は、特に問題がないという態度で、しかも会の半ばで中座してしまう有様であった。

11 昭和五一年二月一七日、被告が原告の授業方法について注意したところ、原告は、「それは中傷がもとであって、そのことを取り上げるのは不当で人権侵害である。普通科の生徒は問題ない。工業科の生徒は多少騒がしいが、落第者も出ず問題ない。」といって、被告の注意を聞こうとはしなかった。

12 昭和五一年三月二五日、新年度の授業担当について数学科の話し合いが行われたが、教科主任梅津教諭の呈示した案に対し、本人の希望をとってから案を作るべきだと頑強に反対し、受持時間について結論がでなかった。また授業方法についで忠告しようとする他の教諭と激論し、一向に聞き入れようとしなかった。

13 昭和五一年三月二六日、新二学年担任一同より被告に対し、「工藤教諭は授業管理ができておらず、指導もていねいでないので授業を担任してほしくない。もし、どうしても持たせなければならないなら最小の時間でしかも校長の厳重な注意のもとにやらせてほしい。」との申出があった。また新一年担任からも同様の趣旨で、「一年生としてはどのクラスも犠牲にさせたくない。工藤教諭が受持つのであれば、無免許ではあるが一年担任のわれわれで教えた方がよい。入学直後の一年生は大事な時期であるから工藤教諭に持たせないでほしい。」との申出があった。

(二)  原告の授業の内容・方法は以上の経過から明らかなとおり、生徒の理解、意欲を無視した一方的なものであり授業としての体を為しておらない状態であって、これについての父兄、生徒から苦情が絶えなかったのみならず、原告は、自らの授業内容・方法に対する被告、及び、同僚教員の再三にわたる注意・忠告を受けても、これを事実無根・中傷と断じて反発するだけで少しも反省改善しようとしなかった。

(三)  そこで被告は学校運営の責任者として生徒の損失・不幸を避け、かつ本人に反省と研修の時間を与えるため、最少限の措置として、学校教育法第五一条、第二八条第三項、及び、これを受けた北海道立学校管理規則にもとづく校長の権限によって本件処分を為すこととし、昭和五一年四月三日、原告に対し、「昭和五一年度は二年生の数ⅡB五時間だけを担当してもらう。その五時間については生徒の実態にあった授業、生徒を掌握した上での授業、誰からも非難されることのない立派な授業をするように。また、余った時間は保健部の分掌業務の遂行や、他の先生の授業を見て授業法の研究や研修にあてるようにしてほしい。」旨述べて本件処分を申し渡したものである。

(四)  よって、本件処分は適法である。

四  抗弁に対する原告の答弁

(一)  抗弁(一)、(二)の事実は否認する。

被告の主張は、同僚教員の報告を基礎としているが、これらには虚偽・誇張の事実が多分に含まれている。すなわち、原告は、授業において生徒に質問をし、その反応を見ながら講義を進め、生徒から要求があれば繰り返し説明をしたのであって、一方的授業というにはあたらない。生徒に対し、「そんな質問をする奴は馬鹿だ。」と発言したのも、生徒が自分の奇想で作ったと思われる問題を考えてくれと申し出た場合他の生徒に対する指導の立場からこれを断った際の発言にすぎない。また、「分数計算ができなくとも二次方程式を解くのに関係はない。」との原告の発言は、物理担当教員から「分数計算が全然できない生徒が多いが、数学ではどう教えているのか。」と威圧的に数学担当教員の教え方を非難するような態度で発問されたため、「二次方程式の根の計算は苦労なく出しているから分数計算の基礎はできていると思われる。物理のテストで分数計算ができないのは物理量を物理量で割る計算の意義を理解できないからだと思われる。従って数学で中学課程でやった分数計算力向上を目的とした複雑な分数計算練習を再びやる必要はない。」という趣旨の反論をしたところ、その一部のみを説明されるような形でとり上げられたものにすぎない。

(二)  抗弁(三)の事実中被告が本件処分をなしたことは認めるが、被告が右処分権限を有していたことは否認する。

(三)  抗弁(四)は争う。

第三証拠関係《省略》

理由

第一本案前の答弁(訴の適法性)

一  学校教員は、法令の規定、学校長の監督の制約はあるものの、その範囲内において、原則的には自らの創意工夫において授業を中心とする学校教育をつかさどるものであって、その教育の十全な実施の過程を通じて自己の職務に誇りを持つと同時に他からも高い評価を受け、またさらに、自己の教員としての知識・技能等の研磨、ないし人格の向上の機会を与えられ、これら実践の集積によってより良い執務条件の獲得・享受する可能性を有するものであるといえる。従って、学校長が、教職員に対し以上のような受持授業時間が通常の場合に比して削減された割当を行う事態において、その程度が著しく、かつ、右のような機会と可能性が損なわれるような場合には、当該教員についてなされた配置転換等と同視し得るものと評すべく、単に職務時間の量的軽減ということではまかない切れない不利益な取扱いということができる。

二  そして、学校長による教員の受持授業時間数の決定は、それが裁量処分であるとしても、前記のような不利益を生じさせ、これが濫用にわたると認められる場合には、その処分は、単に部分法秩序内部における自律的な問題としての処理にとどまらず、一般市民法秩序にかかわる問題として、司法審査の対象となるというべきである。

三  よって、被告の本案前の主張は失当である。なお、前記のような学校長の教員に対する受持授業時間数の決定は各学校年度ごとのものであり、本件訴は、昭和五一年度の決定の取消を求めるものではあるが、当該年度経過後であってもその取消を受けることにより、当該教員にとっては前記の不名誉な評価への影響が排除され、かつ、その後の年度においても事情に変更をみない限り、通常に類する受持授業時間数の決定が受けられることを期待し得るものであって、右利益は、行政事件訴訟法第九条括弧書所定の「取消によって回復すべき法律上の利益」ということができる。

第二本案について

一  請求原因(一)、(二)の事実(原告が浦河高校教員であること及び本件処分の存在)については当事者間に争いがない。そして、《証拠省略》によれば、原告の受持授業時間数は、一週間当りにして昭和四九年度は一八時間、昭和五〇年度は一四時間であり、浦河高校における数学科担当教員の一週間当りの受持授業時間数は通常一七、八時間程度であったことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

二  そこで、本件処分の適法性について判断する。

1  (学校長の教員に対する授業割当権限について)

学校教育法第五一条、第二八条第三項を受けた北海道立学校管理規則第七条、第三一条によれば、北海道立の高等学校において、所属教員の受持授業時間数を含む授業の割振りを決定する権限は校長にあることは明らかである。

2  (本件処分に至る経過と原告の授業実態について)

(一) 前示争いのない事実に、《証拠省略》を総合すると、

1 原告は、昭和一六年三月第二高等学校を卒業した後、同年四月東京帝国大学第一工学部鉱山学科に入学し、同二〇年五月同学科を卒業後、同年九月から北海道炭鉱汽船に勤務していたが同二四年七月退職し、同二八年九月頃、高校教員の資格を取得して、同二九年三月から教職につき、天塩、興部、富良野各高校を経て、同四四年四月から、現浦河高校に奉職し、各学年の数学を担当していたこと、

2 原告の授業の状況等については、被告の抗弁(一)ないし(三)の各事実のほか、(1)、原告は、教科書及びその解説書(いわゆる虎の巻)の記載をそのまま黒板に記載してこれを生徒にノートさせるだけで、生徒からの質問にも正面から答えず、生徒に問題を解かせてその解法の誤り、問題点を指摘するいわゆる演習もやらないというのが通常のやり方であった。(2)、原告は、自分の授業中に生徒の中に弁当を食べる者、トランプをする者、ギターを弾く者、外出する者がいても放置したままで、生徒の管理掌握を為さず、原告の授業は全くの無秩序で喧騒にわたっているのが常態であった。(3)、原告は生徒の成績評価について、考査の直前の授業において配布した一〇題位の問題の中から同じ問題を考査に出すことをしたり、考査の成績が悪い者が出ても評価を甘くしたりして、いわゆる落第点が出ないようにし、落第点をとる者が出ないことをもって自らの授業が問題ないと説明していたこと、

3  被告は、原告の前示のような授業態度、ないし、これに対する被告らの指導・助言についての原告の対応姿勢等から、原告の数学に関する知識についてのみならず、授業の方法の問題性ないし、原告の人間的な面における欠陥をみてとり、これらの総合的判断として、浦河高校における原告を除く他の教諭らの意向をも考慮して本件処分を決定するに至ったこと、

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

(二) そして、右事実関係に従えば、結局、原告の授業は、教科書及びその虎の巻の記載をそのまま黒板に丸写しするだけというのに近いものであって、生徒にその程度に応じて少しでも数学の考え方や問題に応じた解法を理解させ、その能力を向上させようとするものではなく、授業に対する教育者としての情熱や意欲が全く感じられないばかりか、生徒に対する愛情に欠ける独善的なものであったということができ、多感な成長期に、このような授業を受ける生徒達の不幸は測り知れないものであったといわざるを得ず、原告の授業について、生徒・父兄からの苦情が殺到したのも十分首肯できるところである。

(三) ところで、被告は、北海道立学校の校長として、前示のとおり、校務に関し所属教員に対する一般的な指揮監督権を有し、具体的にも教員の受持授業時間の割振りの権限を有するものであり、右権限については、教員の職務の専門性、及び、教育業務の特殊性に由来する内在的制約は存するものの、前認定のような事態においては、被告が生徒の授業を受ける権利を実質的に保障する見地から、何らかの是正措置を講ずることは校長である被告にとって当然の責務であるというべく、従って、被告において、原告の授業方法・内容の改善を求めるとともに、とりあえず、新入生である一年生、大学入学試験をひかえた三年生の授業の重要性を考慮し、二年生だけについて、又原告の受持時間数を減じて、一週当り五時間に限り担当させるべく本件処分をなし、原告に反省を促すと同時に、生徒の不幸をできる限り少くしようとはかったことは、当然であって裁量権の濫用はなく、違法の疑いを入れる余地はないと考えられる。

第三結論

以上の次第であって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 稲垣喬 裁判官 増山宏 千徳輝夫)

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